なぜ、メールが心地よかったのか。Slack時代に考える、コミュニケーションの最適解
息継ぎの間もなく流れるSlackのタイムラインに慣れきった今、久しぶりのメールになぜか心地よさを感じたことはありませんか?思考やコミュニケーションは、無意識のうちにツールのUIに規定されています。Slackの「速さ」と、まるで『どうぶつの森』のような生産性アプリがもたらす「余白」。多様なツールが溢れる現代における、コミュニケーションの最適解を探ります。|by Megumi
「〇〇さんが入力中…」という表示に少しだけ急かされるように、短いテキストを打ち込んで送信する。画面の左側にずらりと並ぶ未読の赤いバッジを、スタンプ一つで次々と「消化」していく。
日々の業務における社内コミュニケーションは、今やSlack(スラック)に代表される「ビジネス用チャットツール」が中心です。メールのように一通で用件を完結させるのではなく、短い言葉をリアルタイムに、まるで会話をするように小刻みに送り合う。そんな、息継ぎをする間もなく流れていくタイムラインに身を任せるのが当たり前になっていた最近、ある仕事の相手と、あえて「メール」でやり取りをする機会がありました。そのとき、驚くほど「心地よい」と感じる自分がいたのです。
相手も自分も、一通のメールの中に「背景、意図、依頼内容、懸念点」を丁寧に並べ、推敲してから送信する。結果として、ラリーの回数は圧倒的に少なく済み、内容の齟齬もなくスムーズに会話が進みました。
ここでは決して「昔ながらのメールの方が優れている」「スローなコミュニケーションを取り戻そう」といった牧歌的な話をしたいわけではありません。筆者がハッとさせられたのは、自分がいかに普段、ツールのUI(ユーザーインターフェース)に思考の型を規定されていたか、という事実に対してでした。
あの「小さな入力ボックス」と「頻繁に飛んでくる通知」という設計は、私たちの思考を細切れにし、テンポよくラリーを続けることを前提に言葉を紡がせます。スタンプ一つで反応できる手軽さは、文脈を丁寧に説明する労力を、いつの間にか省かせてしまうのかもしれません。
実際、社内でもいつしか「長い文章は悪、要点がすぐわかるように」「届けたい相手には必ずメンションをつける」といった、Slackならではの“お作法”が定着しました。たしかに情報処理の効率は圧倒的に上がりましたが、恐ろしいことに、その効率性に慣れきった筆者は、プライベートの友人からラリーが長くなりそうなメッセージが送られてくると、無意識に「結論から言ってよ」と思ってしまうことさえあったのです。
ツールの最適化が、他者とのコミュニケーションにおける「余白」や「許容度」まで狭めてしまっている。私たちがツールを使っているというより、ツールのUIに合わせて私たちの思考が調整されている側面があるのではないでしょうか。
短期的な「レスポンスの速さ」を効率と呼ぶならば、チャットツールは最適です。しかし、それは情報の「伝達」には向いていても、複雑な背景の共有や思考の深化には向いていないのかもしれません。短期的なスピードを追い求めるあまり、相手の真意を汲み取る余白が失われれば、結果的に長期的なプロジェクトの質や信頼関係の構築を妨げてしまうこともあるはずです。
その一方で、UIが私たちの行動や関係性を規定してしまうのであれば、逆にUIの力を使って、全く新しい関係性をデザインすることもできるはずです。
興味深い事例として、On-Togetherという新しいコンセプトの業務連絡用アプリがあります。在宅勤務が生み出した「孤立」という課題を解決するべく設計されたこのアプリは、Slackのような無機質なテキストベースのUIではなく、まるでゲームの『どうぶつの森』のような居心地の良い仮想空間となっています。
ユーザーはアバターとなり、仮想の図書館やツリーハウスに身を置きます。そこには、リアルタイムで作業している他のユーザーが並んで座っています。作業の合間には、ユーザー同士で釣りをしたり、バスケットボールをしたりして休憩をとることもできるといいます。
一見すると、仕事用のツールとしては「無駄」が多く、非効率に思えるかもしれません。しかし、このアプリがデザインしているのは、単なる情報伝達の速さではなく、「誰かと一緒にいるという気配」です。可愛らしさや遊び心という余白をUIに組み込むことで、仕事の孤独感を和らげ、結果として長期的な生産性を高めようとしているのです。
Slackが「情報の伝達スピード」を極限まで高めるUIだとしたら、On-Togetherは「関係性の温度」を保つためのUI。そして、筆者が久しぶりのメールに心地よさを感じたのは、それが「文脈を一度に共有し、必要以上に相手の注意を引かない」という、また別の関係性のデザインだったからでした。
コミュニケーションの最適解とは、単にラリーの速度を上げることではありません。
現実世界で、込み入った相談をするなら静かなカフェを選び、ちょっとした報告なら立ち話で済ませるように。私たちはデジタル空間においても、「いま、相手とどのような関係性を築き、どんな文脈を共有したいのか」によって、思考の型を規定するツールを意識的に選び取る必要があります。
効率化の先にある「速さ」も、あえて立ち止まる「遅さ」も。デジタルな繋がりが日常となった今、あなたは今、誰と、どのような質感の言葉を交わしたいですか。そして、もし理想のコミュニケーションを形にするとしたら、そこにはどんな余白やデザインを必要とするでしょうか。
▶︎参照記事:Why this productivity app looks more like Animal Crossing than Slack
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