「今」は“何者かになるため”の投資時間なのか。コンサマトリーな瞬間を求めて
最近、今という時間を「今そのもの」のために使ったことがあったでしょうか?「何者かになれ」そんな社会からの見えないプレッシャーは、今という時間を「未来のための投資」だけのものへと変えてしまうことがあります。今回は、社会学のコンサマトリーという概念から、「今に存在すること」について考えました。|by Yuka Kihara
何をするにも、「タイパ(タイムパフォーマンス)」が問われる時代になりました。短い動画で要点をつかみ、移動中にも情報を取り込み、できるだけ少ない時間で、できるだけ多くのものを得る。そうした工夫は、忙しい毎日を効率よく回すための、あるいは自分のための時間を生み出し、生きる活力を養うための、合理的な戦略でもあります。
けれど、ときに私たちの「今」は、あってないようなものだと感じられることがあります。すべての時間が、「何者かになるため」「どこか遠くへ到達するため」の未来への投資のように見えてしまうからです。
予定のない休日に、落ち着かなくなることがあります。ゆっくり休めるはずなのに、「せっかくの時間を無駄にしているのでは」とそわそわしたり、何かひとつでも意味のあることをしておきたくなったりします。目的もなく、なんとなくやり過ごしていた時期を、あとから「棒に振った」と思ってしまうこともあります。
こうした感じ方の背景には、「今」をそれ自体として生きるのではなく、「先にある何か」のための投資時間として見る感覚があるのかもしれません。休むのも、楽しむのも、学ぶのも、すべては未来の成果のため。そんなふうに現在がつねに未来へ従属していくと、目の前の時間は、どこか中身の薄いものになっていきます。
この感覚を解く手がかりとして、社会学で語られてきた「コンサマトリー(consummatory)」という概念を見てみましょう。これは、主に“今ここでの充足を重視する”“行為それ自体に価値がある”とする見方のことです。
この言葉は、2018年度の東京大学卒業式で、当時の総長・五神真氏の告辞にも登場しました。五神氏は、東京大学名誉教授でもある社会学者・見田宗介氏の論考を手がかりに、これからの時代に大切な規準のひとつとして、「コンサマトリーであること」を挙げています。告辞ではこれを、「手段的」「道具的」を意味する instrumental(インストゥルメンタル)と対置しながら、現在の活動を未来の目的のための手段としてではなく、活動それ自体を楽しみ、心を躍らせるものとして捉えることだと説明。さらに、その楽しさは自分ひとりの閉じた充足ではなく、他者の楽しさをも尊重し、ともに分かち合う感覚へと開かれているべきだとも語られていました。
では、最近、今ここに存在していると感じられた瞬間はあったでしょうか。振り返ってみると、思い浮かぶのは案外、ささやかなできごとばかりです。
喫茶店で、スマホも本も広げず、手のひらで包んだカップのあたたかみを感じながら、具がたっぷりのった、ほかほかの分厚いピザトーストをかじって、ただぼーっとしていたとき。方向音痴で地図アプリが手放せず、いつもなら知らない道を歩くのが怖いのに、「時間があるから回り道をしてみよう」と歩き出せたとき。カメラが好きなあの人がどう世界を切り取るのか知りたくて、SNSに投稿するわけでもないのに、一生懸命シャッターを押していたとき。友人や家族と、今となっては何について話していたのかも思い出せないようなことで、涙が出るほど笑い転げたとき。
そうしたとき、たしかに今目の前にある「この世界」の中に、自分がいたように思うのです。何かを成し遂げたわけではありません。履歴書を華やかに飾ったり、人事評価に反映されたりするような実績を上げたわけでもありません。それでも、そうした瞬間にこそ、「今」は何者かになるための準備期間から、厚みのある「生」の本番へと変わるのではないでしょうか。
もちろん、学びたい、成長したい、まだ見たことのない場所へたどり着きたい。そうして遠くを見据える大切な思いを、手放す必要はありません。けれど、「今」はどこかへ辿り着くための投資時間でしかないのでしょうか。「今」という時間は、回収すべき資源なのでしょうか。
最短ルートで何者かになることを求められる時代に、目の前にある今──この一瞬の世界にどっぷり浸かって生きること。それは、現在という時間を空っぽにしないための、ささやかで切実な抵抗なのかもしれません。目の前の「生」を自分の手に取り戻すために、私たちは何度でも、「今を生きよう」とする必要があるのでしょう。
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