「ChatGPTと対話してたらさ、面白い答えが返ってきた」
「この質問の回答、すごくない?」
そんな会話を、社内SlackやSNSで頻繁に見かけるようになったのは、ここ数ヶ月のこと。まるで優秀なアシスタントができたかのように、私たちは日常の業務や思考整理、ちょっとした相談ごとまで、AIと気軽にやりとりをするようになりました。
この変化を象徴するような出来事として、先日、カナダの企業ShopifyのCEOであるトビ・リュトケ氏が、Xで日常業務におけるAIの効果的な活用の重要性を強調した社内メモを公開し、その内容が話題になりました。日常業務におけるAI活用を「あたりまえ」とし、今後の採用では「AIで代替できない人材」が重視されるというのです。
与えられた言葉から学び、“もっともらしい答え”を返してくるAI。だとすれば、どんな問いをAIに投げかけるのか、ということ自体が、今後ますます大きな意味を持つように思えます。しかし、ここでひとつ見過ごしてはならない問題があります。それは、この「AIに問いを投げる機会」そのものが、すべての人に平等に開かれているわけではないということです。
ニューヨーク連邦準備銀行が2024年に行った調査によると、ユーザーのうち過去12ヶ月間に生成AIを使用した男性が半数であったのに対し、女性はおよそ3分の1にとどまりました。さらに、ハーバード・ビジネス・スクールの准教授であるレンブラント・コーニング氏らの研究によれば、AIツールを使用している女性の割合は男性よりも10〜40%も低いことが多くの調査によって示されています。
この傾向は、労働市場全体にも見られます。研究によれば、若年層、経験の浅い層、そして高収入層の労働者はChatGPTを積極的に利用する傾向がある一方で、低収入層や女性の導入率は著しく低いといいます。同じ職種で類似した業務を担当している労働者の間でも、女性よりも男性の方がChatGPTを利用する可能性がはるかに高いというのです。これらの調査結果は、AI技術の導入における障壁が、既存の労働市場における男女間の不平等をさらに悪化させる可能性を示唆しています。
では、なぜこのようなジェンダーギャップが生まれるのでしょう。
「なんか、ズルしてるみたいで怖いんだよね」
筆者が「発表資料のたたきはChatGPTを使うといいよ」と、友人に勧めた際に、彼女はそんな言葉を口にしました。AIを使ったことがバレたら、“手を抜いた”って思われそうで怖い──コーニング氏の研究では、女性が男性よりも、AIツールの利用に関して倫理的な懸念を抱いている場合が多いことが示唆されています。また、「自分の専門性が足りない」と評価されてしまうのではないかという不安も、女性の利用を躊躇させる要因となっている可能性があるというのです。
そして、そうした課題の先に見逃せないのは、AI自身の学びにも偏りが生じるという問題です。AIは、大量の既存データに加え、日々ユーザーが入力する「プロンプト(指示)」からも学習しています。つまり、誰が、どんな言葉で問いを投げるかが、AIの「ものの見方」そのものを形づくっているのです。今後、仕事の企画や業務遂行、さらには日常の情報整理など、AIの使用があたりまえに求められる社会において、もし偏ったプロンプトばかりが生成される状態が続けば、AIは偏った情報や視点ばかりを学び、それを「普通」として返すようになってしまうかもしれません。結果として、既存の社会的格差やジェンダー不平等が、AIによって再生産されていく危険性があるのです。女性の視点や経験が十分に反映されなければ、AIは男性中心のデータに基づいて学習を続け、育児、ケアワーク、職場の不平等といった女性特有の課題に対し、不十分な、あるいはステレオタイプを強化するような応答を返す可能性すらあります。
AIとの対話が、仕事でも日常でも、あたりまえのように求められるようになった今こそ、私たちはその可能性と同時に、見えづらい偏見にも目を向ける必要があります。AIがどんな姿に育っていくかは、私たちが日々どんな問いをどの立場から、どんな思いで入力するかに影響するのです。「手を抜いてると思われそう」「頼るのが怖い」そんな言葉をこぼす人たちの声は、弱さではなく、問いを丁寧に扱ってきた証かもしれません。迷いや戸惑いを含んだ問いが、AIをやさしくし、技術を誰も置き去りにしないものへと育てていく。私たちは今、社会の中心に据えるべき“声”のかたちを、もう一度見つめ直すための出発点に立っているのかもしれません。
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