コペンハーゲンとクラクフで考えた、未来を「預かる」こと。デザインと脱成長の現場を取材して
デンマーク・コペンハーゲンで開かれたデザインイベント「3daysofdesign」と、ポーランド・クラクフの「脱成長会議」。10日間の取材の旅から戻ったばかりの筆者の頭を離れないのは、環境配慮を超えた「スチュワードシップ(未来への責任)」という言葉でした。商業とアカデミアの現場を繋ぐ、これからの経済としなやかな生存戦略のグラデーションを探ります。|by Megumi
10日間にわたる、欧州のまったく異なる2つの現場を横断する取材の旅から帰ってきました。2026年6月に編集部が訪れたのは、デザイナーや建築家、企業が集うコペンハーゲンの「3daysofdesign」と、研究者、実践者、地域活動家らが、成長を前提としない社会のあり方を議論するポーランド・クラクフの会議「脱成長:中東欧におけるグリーンと公正の橋渡し」。
デザインを通じて企業や都市の未来像を描く場所と、経済成長そのものを問い直す場所。両者で交わされる議論の間には、当然ながら大きな隔たりがあります。しかし、これらの場所は「スチュワードシップ(管理、未来への責任、資源の預かり)」という言葉で繋がれているようにも見えました。
スチュワードシップは、日本語で「未来への責任」や「信託管理」などと訳されますが、その本質は、資源や環境を誰かの所有物とするのではなく、「いま生きる私たちが一時的にその器を預かり、より良い状態で次の世代へと手渡していく」という、ケアの精神に根ざした姿勢にあります。
私たちは未来の世代や地球に対して、どのように責任ある振る舞いをできるのか。2つの都市が提示してくれた、これからの時代に必要な経済のヒントを探ります。
コペンハーゲン:サステナビリティという言葉が消えた街
色鮮やかで洗練された家具、自然光が美しく差し込むショールーム……北欧最大級のデザインフェスティバル「3daysofdesign」の展示を見回りながら、筆者はあることに気づきました。環境配慮の考え方が素材、耐久性、修理、空間の使われ方のなかに現れていたのにもかかわらず、現地では「サステナビリティ」という言葉を目にする機会が、驚くほど少なかったのです。
その理由のヒントは、現地で取材したブランディング会社Kontrapunktの共同創業者・Bo Linnemannさんの言葉にありました。
Boさんいわく、レゴやカールスバーグといったデンマークの大企業の多くには財団や創業家が長期的な所有に関わる事例が多いそう。そうした背景もあり、企業は100年単位の超長期的な視点で、デザインや公共空間に投資ができるのだといいます。短期的な株主利益だけでは測れない時間軸で、企業の役割を考える必要性を語っていました。
彼らにとって、未来の世代から資源を預かり、手渡していく責任(=スチュワードシップ)は、わざわざマーケティングのラベルとしてアピールするものではありませんでした。それは、ビジネスを健全に続け、現実的に必要なお金を回し続けるための、当たり前の前提として、すでに仕組みの中に溶け込んでいたのです。
クラクフ:ビジネスの枠を超えた、もう一つのゲームルール
しかし、そんな完璧なユートピアのようにも見えるコペンハーゲンの「スチュワードシップ」に、どこか眩しさと特権性を感じていたのも事実です。豊かなコミュニティの境界線の内側だからこそ成立する管理体制。アンビバレントな感情を抱えたまま、次なる目的地であるポーランドのクラクフへと向かいました。
ヤギェウォ大学などを舞台に開催された会議「脱成長:中東欧におけるグリーンと公正の橋渡し」には研究者だけでなく、地域活動家、協同組合の担い手、政策に関わる人々など、多様な参加者が集っていました。ここでは、コペンハーゲンのような「超長期で経済を維持し続けるための仕組み」ではなく、「成長を前提にしない社会をどう設計するか」という、よりラディカルな問いが飛び交っていました。
当日配布されたアジェンダをめくると、会議のプログラムにあった「ポスト成長ビジネスを学ぶワークショップ」や「ボスがいない自主管理組織のリアルな悪夢」といったセッションの熱量が今でもよみがえります。そこには清貧を強いるような悲壮感はなく、むしろ「成長に依存しない新しいゲームのルールを、どうクリエイティブに楽しむか」という遊び心があふれていました。
また、フィールドワークとして、大学の近くでビーバーが作った自然のダムを見に行く機会も。印象的だったのは、それを単なる「野生動物の営み」とするのではなく、地域の研究者やアクティビストたちが、湿地再生や自然の権利といった文脈の中で共に守り、育もうとしていたことです。自然や動物、そして地域コミュニティが境界線を越えて互いをケアし合う空間がそこにありました。
クラクフで何度も耳にしたのは、激しい政治的・経済的な動乱をくぐり抜けてきた、この地域ならではの歴史の記憶です。彼らの間には、国や市場といった「大きなシステム」に頼り切らず、身の回りのコモンズ(共有財産)を自治的に管理し、助け合って生きていく土壌が元々備わっているのだといいます。
この、システムに依存しすぎない「ボトムアップの知恵」は、どこかこれからの日本社会の歩む道とも重なるように思えます。
人口減少や縮小の中にあり、これまでの「右肩上がりの社会インフラ」のあり方が問い直されている今の日本。だからこそ、クラクフで見た「今ある資源やコミュニティを足元からしなやかに維持していくスチュワードシップ」の姿は、私たちがこれからの縮小社会を軽やかに、たくましく生き抜くための、リアルな生存戦略のヒントになるのではないでしょうか。
私たちは、どんなルールで「必要なお金」をまわすか?
ここでは決して、コペンハーゲンの協調的な現代経営か、クラクフの脱成長かといった二元論的な話をしたいわけではありません。しかし、取材から戻って強く感じているのは、どちらの現場もアプローチこそ違えど「どうすれば、未来を壊さずに必要なお金を回し、私たちの暮らしを守るというスチュワードシップを実践できるか?」という地続きの問いに向き合っていたということです。
これからの時代、企業として、個人として、どこまでの範囲を自分たちの考慮すべき「投資」の対象に含めるべきなのでしょうか。環境や未来世代、あるいは人間以外の生態系まで。そして、何を「十分」とするべきなのでしょう。
私たちが本当に守り、次の世代へ手渡したいものは何なのか。IDEAS FOR GOODのサイトでは、今後、今回の訪問を通して得られた示唆をルポルタージュ記事として公開していく予定です。皆さんと一緒にこの2つのスチュワードシップのグラデーションを、じっくりと考えていきたいと思います。
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🔢「理想」を語る口で、「数字」を詰めなければならない。ソーシャルグッドな組織が抱える経営のジレンマ
「脱成長」「ウェルビーイング」「フェアネス」。メディアとしての理想を掲げ、その価値観に深く共感しているはずの私たちが、いざ自社の経営や人事の話になると、なぜか「売上」や「シビアな評価」という資本主義ロジックに飲み込まれてしまう。個人の信念としては「優しさ」を大切にしているリーダーが、なぜ会議室では「生産性」という冷徹な言葉を選んでしまうのか?今回は、IDEAS FOR GOODの「働き方」特集に合わせて、理想と現実の板挟みで揺れる私たちの「本音」をさらけ出します。ウェルビーイングは余裕がある企業の「特権」なのか? 成長期にはマッチョである必要があるのか? 矛盾を抱えたまま進むためのヒントを探ります。
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