宝石が海を救う?真珠養殖から学ぶ「リジェネラティブ」なマインドセット
三重県志摩市での「浜清掃」で目にしたのは、大量の漁具ごみという衝撃的な光景でした。古くから日本の歴史文化を形づくりながら、「里海」の知恵と共に歩んできた真珠養殖。炭素固定や副産物の完全循環など、真珠が持つ潜在力を引き出し、「リジェネラティブ」な未来を創るため、動き出しています|by Tomoko
海底が見えるほど透き通り、波一つ立たない静かな海。三重県志摩市、英虞湾(あごわん)。真珠養殖の発祥の地として知られるこの場所を筆者は訪れました。目的は、年に一度行われている「浜清掃」に参加するためです。
高価な「宝石」というイメージが強く、日常では少し距離を感じる真珠。しかし、その小さな一粒が生まれる背景には、私たちがこれからの時代に大切にすべき「サステナビリティ」の真髄が詰まっていました。
衝撃を受けた、約250個の「白い塊」
すっきりと晴れた2月の休日。英虞湾に集った40名ほどの参加者と共に取り組んだのは、真珠養殖の現場で使われるバール(発泡スチロール製の白い浮き)の回収作業です。
海岸に近づくにつれて見えてきたのは、美しいリアス式海岸の入り江を埋め尽くす、数え切れないほどのバールの残骸。長年の波風にさらされ、砕けたそれらを、一つひとつ手作業で拾い集めていきます。
バールは養殖に欠かせない道具ですが、破損して流出すれば海洋プラスチックごみとなります。結局、その日だけで回収したバールは約250個。船と岸を何度も往復し、山のように積み重ねられた白い塊は、非常に衝撃的な景色でした。
100年を超える伝統が気候変動対策となる可能性
こうしたバールや漁網など漁具の廃棄が問題となっている一方で、古くから続く真珠養殖そのものは、本来サステナビリティと深く関わっています。明治時代に世界で初めて養殖に成功して以来、「海との共生」を前提とした技術は、日本が世界に誇る独自の伝統文化として、職人たちの手によって120年以上にわたり磨き上げられてきました。
特筆すべきは、アコヤ真珠の養殖現場には、循環の仕組みが根付いていることです。アコヤ貝は、人間が餌を与える必要がありません。山から海へ流れ込む栄養分で育つプランクトンを自ら食べ、水を浄化しながら、数年の歳月をかけて真珠を育みます。
さらに副産物の活用も徹底されており、貝殻はボタンや漆喰、医薬品や化粧品の原料へ。貝肉や残渣は堆肥として大地へ還り、貝柱は地元の冬の味覚として地元で食されます。
化学薬品を極力使わず、自然のサイクルに寄り添い、出たものはすべて使い切る。真珠養殖は、日本が古くから実践してきた「里海(さとうみ)」の文化そのものなのです。
「守る」から「再生」へ。リニアからサーキュラーへの転換
こうした「余すことなく使い切る」里海の知恵に加え、今、科学の視点からも真珠の価値が見直されています。地球上の炭素循環において海洋が担う役割「ブルーカーボン」への寄与です。サンゴや貝類が外骨格を作る「石灰化(バイオミネラリゼーション)」というプロセスは、海洋中のCO2固定に寄与していると考えられています。
さらに今、英虞湾では、浜掃除で集めた廃漁具の水平リサイクルなどの取り組みも進められています。水を浄化したりCO2を固定したりする真珠の力だけに頼るのではなく、その生命の恩恵を受けている人間たちの手で、温暖化してしまった海を再生しようと動き始めているのです。役割を終えた漁具を「廃棄物」にするのではなく、再び「資源」として循環させる。このサーキュラー型へのシフトこそが、真珠養殖をより持続可能にするのだと感じました。
こうした課題は海の現場だけに留まりません。ものづくりに携わるすべての人にとって、業界や国を超え、多様なステークホルダーが協力し合い、地球環境を「保全」するのではなく、「より良く」していく。そんな「リジェネラティブ」な観点が不可欠なのではないでしょうか。
より詳しいレポート記事は、改めて記事として掲載予定ですので、お楽しみに。
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